歌舞伎 「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」
白浪物(しらなみもの)[泥棒を主人公にした作品]を
得意とした河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の代表作の1つで、
日本駄右衛門(にっぽんだえもん)
弁天小僧菊之助(べんてんこぞうきくのすけ)
南郷力丸(なんごうりきまる)
赤星十三郎(あかぼしじゅうざぶろう)
忠信利平(ただのぶりへい)
の5人の泥棒の因果を描いた作品です。
弁天小僧が武家娘に変装して強請(ゆすり)をする
「浜松屋見世先の場(はままつやみせさきのば)」、
5人が勢揃いする
「稲瀬川勢揃いの場(いなせがわせいぞろいのば)」
の2つの場面を中心に上演されます。
弁天小僧役は、1862年[文久2年]の初演時に、
当時19歳だった5代目尾上菊五郎(おのえきくごろう)が
大当たりを取って以来、代々の菊五郎が当り役としています。
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鎌倉の呉服店 浜松屋を訪れた美しい武家の娘。
若党と婚礼衣装の反物を選びながら、布をそっと懐に入れる。
万引と見た番頭は算盤(そろばん)で娘の額を打 ち、血が流れる。
布はほかの店で買ったと憤る若党。
主人が詫(わ)びて百両を渡すが、帰り際、
店の奥から現れた武士に正体を見破られ、
娘は突然、男の野太 い声に変わる。
実は弁天小僧で、若党は仲間の南郷力丸(なんごうりきまる)。
弁天小僧は「もう化けちゃいられねえ」と帯を解き、
彫り物をあらわにする。
■
浜松屋へ強請に来た弁天小僧が、
男だと見破られて自らを名乗る
「知らざぁ言って、聞かせやしょう。」から始まるせりふは、
七五調のリズムが耳に心地よい名ぜりふとして大変有名です。
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知らざあ言って聞かせやしょう
浜の真砂と五右衛門が
歌に残せし盗人の
種は尽きねえ七里ヶ浜
その白浪の夜働き
以前を言やあ江ノ島で
年季勤めの稚児が淵
百味講で散らす蒔き銭を
あてに小皿の一文字
百が二百と賽銭の
くすね銭せえ段々に
悪事はのぼる上の宮
岩本院で講中の
枕捜しも度重なり
お手長講と札付きに
とうとう島を追い出され
それから若衆の美人局
ここやかしこの寺島で
小耳に聞いた音羽屋の
似ぬ声色でこゆすりたかり
名せえゆかりの
弁天小僧菊之助たぁ俺がことだぁ!
■ 現代語訳 桃象風味
知らねぇと言うのなら 聞かしたげるから よーく聞け
「石川や 浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の種はつきまじ」と
石川五右衛門が 歌で残したように 盗人の種は尽きはしねぇもんよ
七里ヶ浜の白波は 夜に働くもの
江ノ島で 年期勤めをしていた 稚児の頃
百味講という お参りの時に まかれる 銭をくすねることから
はじまって
賽銭から 100文 200文と くすねるようになり
悪事と言うものは エスカレートするもんで
岩本院という寺では 参拝客が 寝ているすきに
銭を盗るなんてことを やってると それが見つかり
盗癖があると とうとう 江ノ島を 追い出された
それからは 若衆姿で つつもたせを やったり
また 小耳に聞いた 音羽屋(尾上菊五郎)の
声色を 使って ゆすりたかりも やったもんだ
尾上菊五郎の せがれ 菊之助だが
名前も そこからもらって
弁天小僧菊之助と いうのは 俺のことだ
■
男と見破られた弁天小僧が言います。
ここのせりふ術を「厄払い」と言いますが
掛け詞・語呂合わせがいくつも出てきます。
「児ヶ淵」「上の宮」「お手長講」「寺島」がそれです。
楽屋で起こった出来事や俳優の消息などを作品の
中に仕組むことを「楽屋落ち」と言いますが、
「寺島で……」以下は楽屋落ちで、
尾上菊五郎 菊之助 の 本名が 寺島さんなんですね
この場面にはもう一つ裏があって、弁天小僧らの正体を見破った、
玉島逸当を名乗る侍は実は五人組の盗賊の頭・日本駄右衛門です。
駄右衛門は、店の信頼を得て、店の様子を探りやすくするため、
わざと弁天らの正体を明かしたのでした。
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セリフに 登場する 「音羽屋の」 の 部分ですが
「爺さんの」「小父さんの」と 伝わってることも多々あります。
これは 何故かと言うと 当代 尾上菊五郎なりが 演じる場合
は 四代目 尾上菊五郎は 爺さんに あたるため
そういうのですね
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大衆演劇で 演じる場合、セリフの意味からして
言う人は 尾上家の 親戚でもないでしょうから
「音羽屋の」というのが 正しいことになります。
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そういえば かなりまえ 三条すすむ座長が
弁天小僧の時に 「小父さんの」と 言ってましたなぁ
「音羽屋でなくては いけまへん」と 指摘した思い出が
ございます