坂田藤十郎 桜春之丞
宗清女房お梶 藤乃かな
万太夫座元若太夫 寿美英二
霧浪千寿 桜彩夜華
中村四郎五郎 桜愛之介
沢村長十郎 桜京誉
仙台弥五七 小桜恋
楽屋番 小桜菊
宗清の仲居 とめ 桜京之介
お梶の友人 しず 小春かおり
お梶の友人 みつ 小桜あゆみ
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第一場
四条中島都万太夫座の座付茶屋宗清の 離座敷
藤十郎が 横になっているところへ お梶がやってきた。
あれ、藤様 でござりましたか。
いかい粗相をいたしました。御免下さりませ。
このように冷える所で、そうしてござっては
御風邪など召しますわ
おおこれは、御内儀でありましたか。
何の造作でござりましょう。さあ横になってお休みなさりませ。
あっちへ行ったら、女どもに水なと運ばせましょうわいな。
お梶どの。お梶どの。ちと待たせられい。
なんぞ御用があってか
ちと、そなたに聞いてもらいたい子細があるのじゃ。
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お梶どの、今日は藤十郎の懺悔を聴いて下されませぬか。
この藤十郎は二十年来、そなたに隠していたことがあるのじゃ。
それを今日はぜひにも聴いてもらいたいのじゃ、
藤様としたことが、また真面目な顔をして
なんぞ、てんごでもいうのじゃろう。
思い出せば古いことじゃ、そなたが十六で、
われらが二十の歳の秋じゃったが、
祇園祭の折に、河原の掛小屋で、
二人一緒に連舞を舞うたことがあるのを、
よもや忘れはしやるまいなあ。
ほんにあの折はのう。
われらがそなたを見たのは、あの時が初めてじゃ。
宮川町の唄女のお梶どのといえば、
いかに美しい若女形でも、足元にも及ぶまいと、
かねがね人々の噂には聞いていたが、
始めて見れば聞きしに勝るそなたの美しさじゃ。
器量自慢であったこの藤十郎さえ、
そなたと連れて舞うのは、身が退けるほどに、
思うたのじゃ……。
その時からじゃ、そなたを、世にも希なる
美しい人じゃと思い染めたのは。
そなたを見初めた当座は、
折があらばいい寄ろうと、始終念じてはいたものの、
若衆方の身は、親方の掟が厳しゅうてなあ。
寸時も己が心には、委せぬ身体じゃ。
ただ心だけは、焼くように思い焦がれても、
所詮は機を待つよりほかはないと、
思い諦めている内に、二十の声を聞かずに、
そなたはこの家の主人、清兵衛どのの思われ人と
なってしまわれた。
その折われらが無念は、今思い出しても、
この胸が張り裂くるように、苦しゅうおじゃるわ。
人妻になったそなたを、恋い慕うのは、
人間の道ではないと心で強う制統しても、
止まらぬは凡夫の思いじゃ。
そなたの噂をきくにつけ、面影を見るにつけ、
二十年のその間、そなたのことを、
忘れた日はただ一日もおじゃらぬのじゃ。
が、この藤十郎も、たとい色好みといわるるとも、
人妻に恋しかけるような非道なことはなすまじいと、
明暮燃えさかる心を、じっと抑えて来たのじゃが、
われらも今年四十五じゃ。
人間の定命はもう近い。これほどの恋を……
二十年来忍びに忍んだこれほどの恋を、
この世で一言も打ち明けいで、
いつの世誰にか語るべきと、思うにつけても、
物狂おしゅうなるまでに、心が乱れ申してかくの有様じゃ。
のう、お梶どの、藤十郎をあわれと思召さば、
たった一言情ある言葉を。
のうお梶どの。
そなたは、藤十郎の嘘偽りのない本心を、
聴かれて、藤十郎の恋を、あわれと思わぬか。
二十年来、忍びに忍んで来た恋を、あわれとは思さぬか。
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こうして お梶は 藤十郎に
言い寄られてしまったのでございます