第七場 大詰 茶屋宗清の奥座敷
楽屋でのことが気になった 藤十郎、
宗清の奥座敷 離れに来てみると・・・
ラストは
藤乃かな の 感性が光る 結末で 幕を閉じます。
■
菊池寛 原作の 脚本の 最後は・・・
万太夫座の舞台の下 奈落で 自害をする お梶
役者達が 女の死体があると聞いて 駆けつけてきた
千寿 (同じく不思議そうに)女の自害! はて女の自害!
藤十郎 (思い当ることあるごとく、やや蒼白になりながら黙っている)……。
(道具方楽屋番など、お梶の死体を担いで来る。口々に「宗清のお内儀じゃ」という)
千寿 (駭いて駆け寄りながら)なに! 宗清のお内儀! (ふと気が付いたように、藤十郎の方を振り返る)……。
藤十郎 (千寿の振り返った目を避くるように、目をそらしている)……。
弥五七 いかにも宗清のお内儀じゃ。短刀で胸の下をたった一突きじゃ。
四郎五郎 今ここで話して行かれたのに、瞬く間の最期じゃ。藤十郎様、御覧なされませ、いかな子細かは分かりませぬが、女子には希な見事な最期じゃ。
藤十郎 (引き付けられたように、歩み寄りながら、じっと死顔に見入る。言葉なし)……。
若太夫 (息せきながら、駆け込んで来る)何事じゃ。何事じゃ。なに女の自害! やあ宗清のお内儀じゃ。いかな子細かも知らぬが、なにも万太夫座の楽屋で、自害せいでもよいのを。
千寿 ほんに、楽屋に死にに来ないでも。(ふと、藤十郎の顔を見て黙る)……。
弥五七 こんな不吉なことが、世間に知れると、せっかく湧き立った狂言の人気に、傷が付かぬものでもない。
若太夫 ほんにそれが心配じゃ。皆様、他言は無用にして下されませ。
藤十郎 (黙って死骸を見詰めていたが、急に気を変えて)なんの心配なことがあるものか。藤十郎の芸の人気が女子一人の命などで傷つけられてよいものか。(千寿の手を取りながら)さあ、千寿どの舞台じゃ。
千寿 (真実の女のごとくやさしく)あいのう。
藤十郎 (つかつかと舞台の上へ急いだが、また引返して死体を一目見、ついに思い決したるごとく、退場す。同時に幕の開く拍子木の音が聞えて静かに幕が下る)
■
簡単に 書くと
お梶の死体を見ても 動じることなく
「藤十郎の芸の人気が女子一人の命などで傷つけられてよいものか。」
と、舞台に あがった。
という 菊池寛の結末です
これを
坂田藤十郎は 芸のためならなんでもする
歌舞伎に命を賭けた 冷たい男
という理解をする人もいる゙でしょうし
実際 このお芝居を
そういう 坂田藤十郎 だと 演じるところもあります
が、
原作を いくら読んでも
藤十郎の本心が 本当に 偽りの恋であったかどうか
は 記載されていない。
本当に 若い時から お梶のことを思っており
新狂言という きっかけがあり その想いを告白した
だが 歌舞伎役者という明晰もある
楽屋では 芸の工夫のためだと 説明する
当然のことだ
私は 人妻に惚れてます
そんな バカなことを
あからさまにする者がどこにいる
そして お梶が死んだ悲しみを胸のうちにしまいこみ
都万太夫座では ふるまい
役者人に徹して 舞台に上がった
という理解が 原作でもできるのでございます
■
表面上のことだけ とらえるのではなく
その 内面は どうであったか・・
それを 藤乃かなは描いてみせます
■
茶屋宗清の奥座敷で
藤十郎は お梶の自害の場に遭遇します
都万太夫座という場では ああいうしかなかった藤十郎だが
心からお梶に恋していたことを告げ 詫びます
意識が遠のきながらも お梶は その言葉を聞いて
ほほえみます
そして
藤十郎の芸のためならば 女の一人の命など
なんの影響もない と おっしゃってください。
そして 冥途への土産として
二人で連れ舞った 藤十郎の その姿を
今一度見せてください、と・・
藤十郎は お梶のリクエストに 涙をためながら舞う
その舞を しあわせそうに観ながら
お梶は こと切れるのでございます